筑波大学人工知能科学センター(C-AIR)の研究チームは、中小企業の経営悪化をより早期に捉えるため、従来の財務諸表情報に、企業の資金の動きを表す預金特徴量を組み合わせる新手法を提案しました。提案手法は、財務諸表情報のみを用いた既存手法と比べて、中小企業の経営悪化をより正確に予測できます。本研究成果は、国際学術誌 Journal of Small Business Management に掲載されました。
研究の背景
中小企業は地域経済や雇用を支える重要な存在ですが、大企業と比べて公開情報が限られているため、金融機関が経営状態を把握することは困難です。これまで,企業の信用力や経営の健全性は、主に財務諸表を用いて評価されてきました。しかし、地域の中小企業が作成する財務諸表は,年に一度の間隔で更新されるため,それのみから経営の変化をタイムリーに捉えることには限界があります。
また、信用枠を持たない小規模企業は、伝統的な信用リスク評価手法を適用できないため,定量的なリスク評価の対象外とされることもありました。こうした背景から、ほとんどすべての企業が保有するデータを用いて定量的に企業の経営危機を予測する方法が求められています。
研究内容
本研究では、企業の預金残高の推移に着目し、これを「預金特徴量(Deposit Dynamics Indicators: DDI)」として特徴量化(変数化)しました。預金特徴量は,金融機関が保有する取引先企業の預金口座データを用いて,以下の4つの観点から構成されています。
・ 余裕度(Liquidity buffer)
・ 変動性(Volatility & Fluctuation)
・ 借入依存度(Debt dependence)
・ 持続可能性(Sustainability)
研究チームは、2016年から2025年までの日本の地域金融機関が保有する22,403件(5,302社)の中小企業データを分析しました。機械学習を用いて、財務指標のみからなるモデルと、財務指標と預金特徴量の両者からなるモデルを用いて,それぞれ企業の将来的な経営危機をどの程度正確に予測できるかを比較しました。
主な成果
研究の結果、財務指標に預金特徴量を組み合わせることで、中小企業の経営危機の予測精度が統計的に有意に向上することが明らかになりました。また、説明可能なAI(XAI)技術を用いた分析結果からは、預金残高の変動や、借入依存度が高いことが,経営危機の重要な兆候である可能性も示されました。さらに、新型コロナウイルス感染症流行期のような,経済環境が急激に変化する状況においても、財務指標と預金特徴量を組み合わせたモデルは安定した予測精度を維持しました。これは、財務指標が政府支援策や会計上の要因によって実態を反映しにくい時期でも、預金特徴量が企業の実際の資金繰り状況を捉えていたためと考えられます。
今後の展望
本研究は、金融機関が日常的に取得している預金データを活用することで、中小企業の経営状態をより迅速かつ客観的に把握できる可能性を示しました。これにより、経営状況が悪化してから対応するのではなく、問題が深刻化する前に企業への支援や事業再生の提案を行えることが可能となります。
今後は、複数の金融機関や地域に対象を広げて検証を進めるほか、月次データだけでなく日次・週次レベルのデータを活用することで、より早期かつ高精度な経営危機予測手法を開発することが求められます。また、外部から得られる信用情報との組み合わせによる予測能力の向上についても研究の余地が残されています。
論文情報
掲載誌: Journal of Small Business Management
論文タイトル:
Enhancing SME financial distress prediction by integrating financial and deposit dynamics indicators
著者:
Kaito Terada, Ryoki Motai, 岡田幸彦(研究代表者、人工知能科学センター)
DOI:10.1080/00472778.2026.2730423
