筑波大学高等研究院

News お知らせ

陽子・陽子衝突でWボソンとハドロンは異なる増加傾向を示す(QGP国際研究センター・自発研フェロー中條達也)

  • 研究成果

-LHC・ALICE実験で高エネルギー陽子・陽子衝突の粒子生成機構に迫る―

高等研究院 自発研究ユニットの中條達也フェローがセンター長を務めるQGP国際研究センターが参画する国際共同研究グループALICE Collaborationは、CERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)における陽子・陽子衝突で生成されるWボソンとZボソンを測定しました。研究にはQGP国際研究センターの坂井 真吾研究員が主著者として参画しています。
研究チームは、衝突によって生成される荷電粒子の数とWボソンの生成量との関係を調べた結果、Wボソンは荷電粒子数にほぼ比例して増加する一方、Wボソンとともに生成されるハドロンは、それより速く増加する傾向を捉えました。
この違いは、高エネルギーの陽子衝突において、多数の粒子が生み出される仕組みを理解するための新たな手がかりとなります。

研究の背景

物質を構成する陽子や中性子は、さらに小さなクォークやグルーオンからできています。CERNのLHCでは、陽子や原子核をほぼ光速まで加速して衝突させることで、こうした素粒子の性質や、高温・高密度の極限状態で物質がどのように振る舞うのかを研究しています。
特に、重い原子核同士を衝突させると、クォークやグルーオンが陽子や中性子の内部から解放されたクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)と呼ばれる状態が生成されます。一方で近年、陽子・陽子衝突のような小さな衝突系でも、一度の衝突で多数の粒子が生成される場合には、重イオン衝突と似た特徴が観測されています。
こうした現象には、一度の陽子衝突の中で複数のクォークやグルーオンが相互作用する多重パートン相互作用(MPI)や、衝突後にクォークやグルーオンの色荷の結びつき方が変化するカラーリコネクション(CR)など、複数の仕組みが関係していると考えられています。しかし、多数の粒子が生成される背景にどのような物理過程があるのかは、まだ十分には解明されていません。
そこで本研究で着目したのが、WボソンとZボソンです。
W・Zボソンは衝突の初期段階で生成され、クォークやグルーオンとは異なり強い相互作用の影響を受けません。このため、衝突後の複雑な相互作用の影響を受けるハドロンと比較することで、粒子生成に関わる物理過程を切り分けるための「基準」として利用できます。論文では、W・Zボソンの測定がMPIやカラーリコネクションの役割を調べ、小さな衝突系におけるQGP形成を検証するための重要なプローブになるとしています。

研究内容と成果

研究チームは、ALICE実験で2016~2018年に取得された、重心系エネルギー13 TeVの陽子・陽子衝突データを解析しました。
WボソンとZボソンは生成後すぐに別の粒子へと崩壊するため、本研究では、Wボソンから生じる電子・陽電子と、Zボソンから生じる電子・陽電子対をALICE検出器で測定しました。これは、ALICE実験における中央ラピディティ領域での電子崩壊チャンネルを用いたW・Zボソン生成の初めての測定です。
まず、WボソンおよびZボソンの生成断面積を測定し、陽子内部のクォークやグルーオンの運動量分布を表す複数のパートン分布関数を用いた量子色力学(QCD)に基づく理論計算と比較しました。その結果、測定値はいずれの計算ともよく一致し、Wボソンについては運動量依存性もよく再現されました。
さらに研究チームは、一度の衝突で生成される荷電粒子の数に応じて、Wボソンと、Wボソンに伴って生成される高運動量ハドロンの生成量がどのように変化するかを調べました。
その結果、Wボソンの生成量は荷電粒子数の増加に対しておおむね直線的に増えることが分かりました。一方、Wボソンとともに生成されるハドロンは、荷電粒子数が多くなるにつれて、直線的な関係よりも速く増える傾向が見られました。
Wボソンは色荷を持たないため、カラーリコネクションの影響を受けないと考えられます。一方、クォークやグルーオンから形成されるハドロンは、こうした相互作用の影響を受けます。シミュレーションでも、Wボソンはほぼ直線的に増える一方、随伴ハドロンはより速く増加する傾向が再現されました。
ただし、ハドロンの増加には、測定対象となるハドロン自身がイベントの荷電粒子数にも含まれることによる自己相関が影響している可能性も示されています。今回の結果は一つの原因を確定するものではなく、陽子衝突における複雑な粒子生成機構をより詳しく調べるための重要な基準を与えるものです。

今後の展望

今回の研究では、強い相互作用の影響を受けにくいW・Zボソンと、クォークやグルーオンから形成されるハドロンを同じ陽子衝突の中で比較することで、多数の粒子が生成される高エネルギー衝突の性質を調べました。
現在LHCでは、アップグレードされたALICE検出器によるRun 3のデータ取得が進められています。今後、Run 3およびRun 4で得られる大規模なデータを用いることで、W・Zボソンのより精密な測定が可能になります。
陽子という小さな衝突系で、多数の粒子が生み出されるときにクォークやグルーオンがどのように振る舞うのか。今回の成果を基盤として、そのメカニズムのさらなる解明が期待されます。

論文情報

論文タイトル:
Measurements of the production of W± and Z0 bosons in pp collisions at √s = 13 TeV
掲載誌:
European Physical Journal C 86, 1109 (2026)
主な参画研究者:
QGP国際研究センター 坂井 真吾 研究員(主著者)
高等研究院 自発研究ユニット 中條達也フェロー(QGP国際研究センター長)ほか
※ALICE Collaborationによる国際共同研究
DOI:
10.1140/epjc/s10052-026-15943-2

Contact Us お問い合わせ

筑波大学高等研究院について、
お気軽にお問い合わせください。