―音圧の高い領域で捕らえる、従来と逆の音響浮遊を空中で初めて実証―
図1 超音波アレイから立ち上がるゼロ次ベッセルビームと、その中心の音圧の高い芯に捕らえられた粒子(イメージ図)。
研究の背景
音響浮遊(Acoustic Levitation)は、音波が及ぼす力を使って、物体に触れることなく空中に保持し、動かす技術です。壊れやすい試料や汚染を嫌う材料、危険な物質を扱う際に接触を避けられるため、立体ディスプレイや実験の自動化などへの応用が期待されています。
従来の音響浮遊では、物体は高い音圧に囲まれた「音圧の低い点」に閉じ込められます。音源と反射板を向かい合わせて定在波の節に捕らえる方式でも、片側から超音波を照射する方式でも、この原理は共通でした。片側照射の場合、この保持力は音源から遠ざかるほど弱まり、ある距離を超えると物体を外へ押しやる向きに変わってしまうため、浮遊できる範囲は音源のごく近くにとどまっていました。
開かれた空間で遠くの物体を浮かせるには、「音圧の低い点に捕らえる」という従来の原理そのものを見直す必要があります。本研究では、その方法として、音圧の高い領域で物体を捕らえる浮遊に取り組みました。
研究内容
本研究では、超音波素子を16×16(計256個)並べたフェーズドアレイ(周波数40 kHz)を用いてゼロ次ベッセルビームを下から上向きに照射し、ビーム中心の音圧が最も高い領域で物体を浮遊させることを試みました。ゼロ次ベッセルビームは円錐状の波面をもち、中心軸上に細く集まった高音圧の芯が、広がることなく遠方まで保たれるという特徴があります。
筑波大学、ブリストル大学、ピクシーダストテクノロジーズの共同研究チームは、直径1.5 mmの発泡ポリスチレン(EPS)球を主な対象として、
・音響放射力の数値解析
・浮遊の実証実験
・水平方向・垂直方向への移動制御
・複数粒子の同時浮遊と、球形でない物体の浮遊
・障害物の先での浮遊
を実施しました。
この手法では、音波が物体に及ぼす力(音響放射力)が、
・横方向:ビームの軸からずれた物体を軸上へ引き戻す復元力
・縦方向:重力とつり合う上向きの押し上げ力
として働き、この二つが同時に成り立つことで、物体は三次元的に安定して保持されます。低音圧の点に閉じ込める従来方式の力が音源から離れると保持に働かなくなるのに対し、高音圧の芯で捕らえるこの方式では、音源から数十 cm離れていても力は物体を芯へ引き戻す向きのままです。これが、動作距離を大きく伸ばせた理由です。
また、ビームの傾きや円錐角(広がり)を電子的に切り替えることで、浮遊中の物体をリアルタイムに動かすことにも成功しました。
図2 本手法の仕組みと浮遊できる範囲。(a) 実験の構成。下のフェーズドアレイが円錐型の波面をもつビームを上へ放ち、粒子はビーム中心の高音圧の芯に捕らえられる。矢印が音響放射力(横:中心へ戻す、縦:重力を支える)。(b) 計算したビームの音圧分布。中心軸に沿って高音圧の芯が細長く続く。(c) 従来の片側照射方式(下)と本手法(上)で浮遊できる高さの比較。従来は音源から約67 mmまで、本手法は141〜397 mm。
主な成果
音圧の高い領域での三次元音響浮遊を空中で初めて実証
これまでの空中浮遊は低音圧の点で行うのが常識でしたが、本研究は、ビーム中心の高音圧領域でも物体を安定に浮遊させられることを空中で初めて実験的に示しました。音響浮遊に新しい捕捉原理を加える成果です。
動作距離を約6倍に拡大
同じアレイを同じ条件で駆動した従来の片側照射方式(低音圧の点で捕らえる方式)では、浮遊できる高さは音源から最大約7 cmでした。本手法では約14〜40 cmの高さで浮遊でき、動作距離は約6倍に伸びました。音を強くしたのではなく、捕らえ方を変えたことによる拡大です。
粒子の移動制御
ビームの傾きや円錐角を電子的に変えることで、
・水平方向:ビームを傾けた向きへ
・垂直方向:約14〜40 cmの高さの範囲で
粒子を移動できることを示しました。
複数粒子・非球形物体の浮遊
1台のアレイからベッセルビームを2本作り、2つの粒子をそれぞれの芯で同時に浮遊させました。さらに、1本のビームの芯を上下2つの領域に分け、2つの粒子を縦に並べて保持することにも成功しました。また、乾燥した茶葉やシリカエアロゲルの小片といった不規則な形の物体も浮かせられることを確かめました。
障害物の先でも浮遊可能
ベッセルビームには、途中で一部が遮られても、その先で元の音圧分布を作り直す「自己修復性」があります。本研究では、ビームの経路に5 cm角の障害物を置いた状態でも、その上方で粒子を浮遊させられることを数値計算と実験の両方で確かめました。
今後の展望
音響浮遊はこれまで、向かい合う装置に囲われた空間の中か、音源のすぐ近くでしか使えませんでした。本研究により、片側に置いた音源だけで数十 cm先の物体を非接触で扱えるようになります。接触を避けたい試料や材料を遠くから操作できるため、実験や製造工程の自動化、空中に浮かせた粒子で像を描くディスプレイなど、囲いのない空間での応用に道を開く成果です。
研究資金
本研究は、科学技術振興機構(JST)先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)(JPMJAP2330)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)(JPMJSP2124)、日本学術振興会(JSPS)科研費(JP25KJ0673)、および英国工学・物理科学研究会議(EPSRC)(EP/Z534171/1)の支援を受けて実施しました。JST ASPIREプログラムの支援により、筑波大学と英国ブリストル大学との国際共同研究において、筑波大学の若手研究者を中心とした人的・技術的交流が推進・強化され、本成果の創出に寄与しました。
論文情報
論文タイトル:
Midair Single-Sided Acoustic Levitation in High-Pressure Regions of Zero-Order Bessel Beams(ゼロ次ベッセルビームの高圧領域における空中片側音響浮遊)
掲載誌:Physical Review Letters (PRL) Volume 137, Article 094001 (2026)
公開日:2026年8月24日
著者:頃安 祐輔1、Christopher Stone2、落合 陽一3,4,5,6、星 貴之3、Bruce W. Drinkwater2、伏見 龍樹4,5,6
1. 筑波大学大学院人間総合科学学術院 2. ブリストル大学 3. ピクシーダストテクノロジーズ株式会社 4. 筑波大学デジタルネイチャー開発研究センター 5. 筑波大学図書館情報メディア系 6. 筑波大学高等研究院(TIAR)
DOI: 10.1103/pfkh-4x7j
URL: https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/pfkh-4x7j
解説動画:超音波で40cm先に物を浮かせる:ゼロ次ベッセルビームによる片側音響浮遊(PRL 2026)YouTube 動画時間3:44
研究者紹介

頃安 祐輔(ころやす ゆうすけ)
筑波大学大学院人間総合科学学術院 情報学学位プログラム 博士後期課程3年。日本学術振興会特別研究員(DC2)。筑波大学デジタルネイチャー研究室にて、超音波の音響放射力を用いた非接触の物体操作を研究している。高校時代に校舎から実験装置を自由落下させて微小重力実験を行ったことを原点に、重力に縛られない物体操作と、重力のない環境での物体操作に取り組んでいる。将来的には、重力のない宇宙環境において物質と情報の境界が融解するデジタルネイチャー(計算機自然)の実現を目指している。
本人コメント
以前、超音波で液滴を操作する研究(PNAS Nexus, 2023)で、撥水メッシュの上の液滴が音圧の高いビームの中心に引き寄せられることを見つけました。音響浮遊の分野では「空中では、物体は音圧の低い場所にしか捕らえられない」というのが常識でしたので、それ以来、その常識に疑問を持ち続けてきました。その後、別の実験を行っている最中に、空中でも同じことが起きているのを偶然見つけました。当初は物理的な説明が難しく、数年をかけて、ようやく正確に記述できるようになりました。伏見先生のJST ASPIREの支援で英国に渡り、ブリストル大学のBruce W. Drinkwater教授にもご協力いただきながら進めてきた研究です。支えてくださった共著者や関係者の皆様に心より感謝申し上げます。今後は、この長距離・開放空間での非接触操作を、実験の自動化や宇宙での応用へつなげていきたいと考えています。
関連リンク
研究プロジェクトページ(Digital Nature Group):https://digitalnature.slis.tsukuba.ac.jp/2026/08/midair-single-sided-acoustic-levitation-in-high-pressure-regions-of-zero-order-bessel-beams/
筑波大学プレスリリース(TSUKUBA JOURNAL):https://www.tsukuba.ac.jp/journal/technology-materials/20260826140000.html
著者ウェブサイト:https://koroyu.com/
筑波大学高等研究院(TIAR):自発研究ユニットフェロー 伏見龍樹助教
未知領域への挑戦者たち:https://tiar.centers.tsukuba.ac.jp/journal/1528/
