筑波大学高等研究院

Society and Science Research Unit 社会と科学の研究ユニット

プロジェクト

自然を活用した気候レジリエントなインフラ研究プロジェクト

気候変動により、都市や沿岸地域では、洪水、高潮、海岸侵食、海面上昇、都市の高温化などのリスクが高まっています。本プロジェクトでは、日本、シンガポール、ベトナム、フィリピン、インドネシア、中国など、アジア太平洋地域の都市・沿岸域を対象に、自然をインフラの一部として活用する「自然を活用した解決策(Nature-based Solutions:NbS)」を研究し、気候レジリエントで公平かつ持続可能なインフラの実現を目指します。

背景―自然をインフラの一部として捉える

都市や沿岸地域は、気候変動の影響を強く受けています。これまで、洪水や高潮、海岸侵食などの災害リスクに対しては、防潮堤、堤防、コンクリート製の防護施設などの「グレーインフラ」を中心に対応してきました。これらは今後も重要ですが、維持管理に多額の費用を要すること、変化する気候条件に柔軟に対応しにくいこと、周辺の生態系に負荷を与える場合があることなどの課題もあります。

自然を活用した解決策(NbS)は、健全な生態系をインフラの一部として活用する考え方です。例えば、マングローブ林は波のエネルギーを弱め、湿地は洪水時の水を蓄え、都市緑地は市街地の温度上昇を抑えます。こうした自然の機能は、災害リスクの低減に加え、生物多様性の保全、炭素の貯留、人々のウェルビーイングの向上など、複数の効果をもたらします。

NbSは、国際的な気候変動政策や生物多様性政策でも重視されています。しかし、実際の導入は小規模な実証事業にとどまることが多く、研究成果も分野や地域ごとに分散しています。また、どのような制度やガバナンスによって導入を進めるか、その費用や便益を社会の中でどのように公平に分かち合うかといった課題も残されています。

本プロジェクトでは、NbSがどのような条件で有効に機能するのか、自然と人工構造物をどのように組み合わせるべきかを明らかにします。さらに、科学的エビデンスを政策やインフラ計画につなげ、NbSを個別の実証事業にとどめず、社会を支えるインフラとして広く定着させることを目指します。

Research Theme 1 自然を活用した都市インフラへの転換

都市は、洪水や高温化など気候変動の影響を強く受ける一方、新しいインフラのあり方を生み出す重要な場でもあります。本研究テーマでは、NbSを個別の実証事業にとどめず、都市計画やインフラ政策の一部として広く定着させる方法を研究します。

都市を、社会、生態系、技術が相互に関わるシステムとして捉え、行政の仕組み、地域住民の認識、公平性への配慮などが、NbSの導入にどのような影響を与えるかを明らかにします。さらに、行政機関が、気候レジリエントで、自然環境や地域社会にも配慮した都市インフラを計画するための意思決定支援手法を開発します。

中国・南京における都市緑地のフィールドワーク

Research Theme 2 自然を活用した沿岸インフラへの転換

沿岸地域では、海面上昇、海岸侵食、高潮、異常気象などのリスクが高まっています。一方、防潮堤や防波堤などの従来型インフラには、建設・維持費の増加や周辺の生態系への負荷といった課題があります。

本研究テーマでは、再生したマングローブ林、湿地、サンゴ礁などを活用する自然型の沿岸防護から、自然と人工構造物を組み合わせるハイブリッド型の防護まで、さまざまな方法を比較します。災害リスクの低減効果に加え、制度やガバナンス、経済的な実現可能性、地域住民の受け止め方も検討し、自然を活用した対策だけで対応できる地域と、人工構造物との組み合わせが必要な地域を明らかにします。これらの成果を、長期的な沿岸インフラ計画や気候変動への適応策につなげます。

左:シンガポール・ウビン島のマングローブ林 右:インドネシア・バリ島サヌールの防波堤

Research Theme 3 科学的エビデンスを政策と実践へ

同じようなNbSであっても、ある地域では有効に機能し、別の地域では十分に定着しないことがあります。その理由を明らかにするためには、個別の事例だけでなく、自然環境や社会制度、ガバナンスの異なる国や地域を比較する必要があります。

本研究テーマでは、世界各地の研究成果を体系的に分析するとともに、国際比較研究を通じて、NbSの導入を成功させる環境的・制度的・社会的条件を明らかにします。それぞれの地域の状況に応じた提言をまとめ、行政機関、実務者、国際機関による、効果的で公平なインフラ政策の立案を支援します。得られた知見は、気候変動や生物多様性をめぐる国際的な政策議論にもつなげていきます。

 

アプローチ

本プロジェクトでは、社会と生態系のレジリエンス、社会と技術のあり方の転換、気候変動の影響や対策における公平性の観点を組み合わせ、インフラを単独の工学的構造物ではなく、人間と自然が相互に関わるシステムの一部として捉えます。学際的な理論枠組みの構築、世界各地の研究成果の体系的な分析、都市・沿岸域における比較フィールド調査を組み合わせて研究を進めます。

生態学、工学、都市・地域計画、経済学、社会科学などの研究者が連携するとともに、行政機関、実務者、国際機関、地域コミュニティと協働します。特に、沿岸、湿地、都市緑地の周辺で暮らす人々が持つ地域固有の知識や価値観を重視し、公平性に配慮しながら、科学的エビデンスを実際の政策やインフラ計画につなげます。

研究成果

  1. Huynh, L. T. M., Lam, R. D., Takama, T., & Gasparatos, A. 2026. Mobilising nature-based solutions (NbS) for coastal protection: Public preferences for hard, soft and hybrid coastal protection measures in Bali, Indonesia. Landscape and Urban Planning275, 105732. https://doi.org/https://doi.org/10.1016/j.landurbplan.2026.105732.
  2. Huynh, L.T.M., Su, J. Gasparatos. A. 2025. Differentiated trajectories of ecosystem-based adaptation for urban coastal defence in the Asian-Pacific region: A Biodiversity–Climate–Society nexus perspective. Ocean & Coastal Management. 270, 107799. https://doi.org/10.1016/j.ocecoaman.2025.107799.
  3. Huynh, L.T.Met al. 2024. Meta-analysis indicates better climate adaptation and mitigation performance of hybrid engineering-natural coastal defence measures. Nature Communications. 15, 2870. https://doi.org/10.1038/s41467-024-46970-w
  4. Wannewitz, M., Ajibade, I., Mach, K.J. Magnan, A, Petzold, J., Huynh L.T.M et al. 2024. Progress and gaps in climate change adaptation in coastal cities across the globe. Nature Cities 1, 610–619. https://doi.org/10.1038/s44284-024-00106-9
  5. Huynh, L.T.M., Gasparatos. A, Su. J, Dam Lam. R, Grant. E, Fukushi. K. 2022. Linking the non-material dimensions of human-nature relations and human wellbeing through a cultural ecosystem services lens. Science Advances. 8 (31). DOI: 10.1126/sciadv.abn8042
  6. Berrang-Ford, L., Huynh, L.T.M et al. 2021. A Systematic Global Stocktake of Evidence on Human Adaptation to Climate Change. Nature Climate Change. 11: 989 – 1000. https://doi.org/https://doi.org/10.1038/s41558-021-01170-y.

Huynh Thi Mai Lam 准教授

博士。筑波大学人文社会系准教授(経済・国際公共政策プログラム)。東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員。 東京大学のサステイナビリティ学の大学院プログラムにおいて博士号を取得。日本学術振興会特別研究員DC・PDをはじめ、東京大学での研究活動を経て、2026年4月より筑波大学に着任。 研究成果は、Nature Communications、Science Advances、Nature Climate Change、Nature Citiesなどの主要学術誌に掲載。また、Nature Portfolioの学術誌Communications Sustainabilityの編集委員を務めています。

Contact Us お問い合わせ

筑波大学高等研究院について、
お気軽にお問い合わせください。