背景 ― 健康を社会全体の課題として考える
世界保健機関(WHO)憲章は、健康を単に病気や虚弱がない状態ではなく、身体的・精神的・社会的にウェルビーイングな状態と定義しています。健康への権利は、世界人権宣言やさまざまな国際条約などにおいても、基本的人権として位置づけられています。
また、持続可能な開発目標(SDGs)の目標3では、「すべての人に健康とウェルビーイングを」が掲げられています。しかし、感染症、非感染性疾患、母子保健、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジなど、健康に関する多くの目標は十分な達成に至っていません。その背景には、疾患や分野ごとに施策が分断され、取り組みが非効率であったり、健康を左右する複数の要因を一体的に扱えていないという課題があります。

健康・ウェルビーイングのための上流・中流・下流の対策
健康格差の多くは、個人の選択や責任だけでは説明できません。教育、雇用、所得、居住環境、社会的つながりなど、その人が置かれた社会的・経済的環境が健康に大きく影響します。こうした要因は「健康の社会的決定要因」と呼ばれています。
そこで本プロジェクトでは、健康に影響を及ぼす社会構造に働きかける「上流」の対策、個人や地域のニーズに対処し疾病の発生や重症化を防ぐ「中流」の対策、すでに健康上の課題を抱える人に必要な医療・介護を届ける「下流」の対策を一体的に捉えます。
Research Theme 1 社会・経済と健康
健康やウェルビーイングの多くは、保健医療分野の外側で決まります。しかし、教育、雇用、所得、社会的なつながり、居住環境などを包括的に捉えた研究は、国内外でまだ十分に蓄積されていません。
本テーマでは、日本全国を対象とした調査データや各国の統計データを活用し、計量経済学などの手法によって、健康格差の実態や健康を左右する社会的・経済的要因を分析します。さらに、社会保障制度の適用拡大や制度整備を進めるために、どのような政策や実施方法が有効なのかを検討します。
研究によって得られた知見を、制度設計や施策の改善につなげ、エビデンスに基づく政策形成(EBPM)に貢献することを目指します。
Research Theme 2 ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジのシンボル
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)とは、すべての人が経済的な困難を経験することなく、必要とする保健医療サービスを利用できることを意味します。UHCは、さまざまな健康課題の解決を支えるとともに、社会や経済の持続的な発展を支える基盤でもあります。
しかし現在も、世界では過半数の人が必要な保健医療サービスを十分に受けられず、医療費の負担によって生活が困難になる人も少なくありません。人口高齢化や非感染性疾患の増加、医療・介護人材の不足が進むなか、保健医療・介護システムの持続可能性を高めることが重要な課題となっています。
本テーマでは、行政データを活用した疾病予防や健康づくりに関する政策研究、UHCの進捗をより正確に把握するためのモニタリング手法の改善、高齢社会における保健医療・介護制度のあり方について研究します。
アプローチ
経済学、心理学、社会学、老年学、社会医学、疫学、国際保健など、多様な分野の研究者と協働します。国内の大学・研究機関に加え、海外の大学、WHO本部・地域事務局、各国の政策機関等とも連携し、学際的・国際的な共同研究を進めています。
データ分析による実証研究と、実際の政策課題を結びつけ、研究成果を論文にとどめず、政策改善や国際的な議論や規範形成に貢献することを重視しています。
研究成果
- Occhipinti JA, Prodan A, Buchanan J, Martin M, Khalatbari-Soltani S, Swieboda P, Eyre H, Crosland P, Hossein SH, van Zwieten A, Samtani S, Sawan M, Cobos DM, Okamoto S, Robinson J, Norris D, Jeste DV, Destrebecq F, Heffernan M, Tanner M, Miranda JJ (2026) Governing the social production of care: the hidden foundation of health systems. Nature Medicine. https://doi.org/10.1038/s41591-026-04535-y
- Okamoto S, Yamada A, Kobayashi E, Liang J (2025) Socioeconomic inequity in access to medical and long-term care among older people.International Journal for Equity in Health. 24; 28. https://doi.org/10.1186/s12939-024-02345-7
- Rosenberg M, Kowal P, Rahman M, Okamoto S, Barber S, Tangcharoensathien V (2023) Better data on unmet healthcare need can strengthen global monitoring of universal health coverage. BMJ. 382; e075476. https://doi.org/10.1136/bmj-2023-075476
- Okamoto S, Kobayashi E, Komamura K (2023) The retirement-health puzzle: A sigh of relief at retirement. The Journals of Gerontology, Series B: Psychological Sciences and Social Sciences. 78(1): 167-178. https://doi.org/10.1093/geronb/gbac127
- Tanaka T, Okamoto S (2021) Increase in suicide following an initial decline during the COVID-19 pandemic in Japan. Nature Human Behaviour, 5, 229–238. https://doi.org/10.1038/s41562-020-01042-z
- Okamoto S, Kobayashi E (2021) Social isolation and cognitive functioning: A quasi-experimental approach. The Journals of Gerontology. Series B, Psychological Sciences and Social Sciences, 76 (7): 1441-51. https://doi.org/10.1093/geronb/gbaa226
