私たちにとって欠かせない睡眠は、レム睡眠とノンレム睡眠が周期的に切り替わることで成り立っている。しかし、どの神経細胞が睡眠のどの段階に関与し、神経回路や分子レベルでどのように制御しているのかは、いまだ十分に明らかにはなっていない。そこで柏木助教は、マウスを用いて、睡眠に関わる神経細胞の役割を解明する研究に取り組んでいる。

脳幹神経回路の解析
大学3年生の時から、筑波大学WPI-IIISの林悠先生が立ち上げたばかりの研究室で、レム睡眠を制御する神経細胞の同定に関する研究を始めました。脳には働きの異なる神経細胞が協調して睡眠と覚醒を調節しており、特にレム睡眠は解明が進んでいないため、その理解は重要です。2026年現在ではレム睡眠を誘導する細胞はいくつかわかってきていますが、私たちが研究を始めた当時は世界中のどの研究者もレム睡眠を誘導する細胞を見つけられていませんでした。
そこで私たちは、特定の働きをする神経細胞を識別できる遺伝子改変マウスを使用しました。睡眠を制御する脳幹には多様な神経細胞が存在しており、これまでの研究から睡眠制御に重要な役割を果たすことが示されています。しかし、それぞれの細胞の具体的な働きは十分に明らかになっていません。従来の手法では特定の細胞だけの働きを詳しく調べることが困難なため、目的とする神経細胞を選択的に標識・操作できる遺伝学的な手法に注目しました。この方法により、特定の神経細胞群の役割をより正確に解析できるようになっています。
神経細胞の働きを明らかにするためには、化学遺伝学的手法であるDREADD法を用いて活動を操作しました。標的の神経細胞にアデノ随伴ウイルス(AAV)を介してDREADD受容体を発現させ、特異的に作用する薬剤(CNO)を投与することで、活動の増強や抑制が可能であることを確認しています(図1)。

図1.DREADD法を用いた神経活動の操作。(作図:柏木光昭)
どの神経細胞の活動が睡眠にどう関わっているかは、脳波や筋電図を用いてマウスの睡眠を測定することで明らかにしていきました。これらの解析を通して、レム睡眠を抑制する神経細胞(Nts–ニューロン)を脳幹で同定することができました(図2)。Nts–ニューロンはニューロテンシンという神経ペプチドを発現しており、ニューロテンシンそのものにもレム睡眠抑制作用があることを確認しました。さらに、脳幹内の複数の場所に分布するこれらのニューロテンシン細胞が互いに協調して、ノンレム睡眠とレム睡眠のバランスを制御している可能性が示されました。また、この回路は身体の揺れを感知する部位と重なることも分かり、小さい子どもを揺らすとよく寝たり、電車の中で眠くなったりと、体の揺れが睡眠を促すメカニズム解明の手掛かりとなるかもしれない新しい知見となりました。

図2.左図:活性化させたNts-ニューロンの写真。蛍光タンパク質を用いて、Nts-ニューロンを黄色で可視化している。
Kashiwagi, M. et al. Widely Distributed Neurotensinergic Neurons in the Brainstem Regulate NREM Sleep in Mice.
Current Biology, 2020; 30, 1002-1010.e4. Copyright:
2020 Elsevier Ltd. https://doi.org/10.1016/j.cub.2020.01.047
右図:コントロール(通常の睡眠)、及びNts-ニューロンを活性化した後の睡眠の比較。覚醒が灰色、ノンレム睡眠が水色、紫色がレム睡眠を表す。 Nts-ニューロンを活性化すると、コントロール(通常の状態)に比べて、紫色で示されているレム睡眠が抑制されていることが分かる。(作図:柏木光昭)
レム睡眠を促進する細胞群の解析
次に、レム睡眠を促進する神経細胞群の解析にも取り組みました。様々な文献を調査し、新たな手法を導入して解析を進めたところ、ついに橋でレム睡眠を誘導する細胞を世界で初めてみつけることができました(図3)。脳内では神経細胞同士が情報をリレーのようにつなげていくことで、複雑な脳の機能を制御しています。橋と隣接する延髄にもレム睡眠を誘導する神経細胞群が存在することも発見しました。このことから、橋と延髄に分布する複数領域の細胞群が互いに連携し、協調してレム睡眠を制御している可能性が示されました。

図3. 橋でレム睡眠を誘導する神経細胞の発見。 代表的な睡眠パターン。覚醒が灰色、ノンレム睡眠が水色、オレンジ色がレム睡眠を表す。橋の神経細胞活性化によりオレンジ色のレム睡眠が増えていることが分かる。
Reproduced and modified from Kashiwagi, M. et al. A pontine-medullary loop crucial for REM sleep and its deficit in Parkinson’s disease. Cell, 187 (22), 6272 (2024). Copyright 2024 Kashiwagi, M. et al.
世界のトップランナーとしてレム睡眠の解明に挑む
レム睡眠は精神疾患や神経変性疾患とも関連すると言われますが、ノンレム睡眠に比べて研究は十分進んでいません。橋と延髄に分布する神経細胞群が連携してレム睡眠を促進する回路を示した私の論文は、国際誌のCellに掲載され注目されています。今後は、これらの細胞がどのようにして活性化し、他の睡眠・覚醒回路と連携してレム睡眠を制御する仕組みの解明を進めるとともに、精神疾患や神経変性疾患との関係も明らかにしていきたいと考えています。
(取材日:2026年2月2日)
