筑波大学高等研究院

Pursuing Knowledge, Crossing Frontiers. 未知領域への挑戦者たち

未知領域への挑戦者たち

自発研究ユニット 助教

GEONZON Lester Canque 生命環境系 助教

天然高分子によるソフトマテリアルの未来を切り拓く

ゲルやハイドロゲルは一見平凡な材料に思われがちだが、近年の研究により、その潜在力は非常に大きく魅力的であることが明らかになりつつある。Geonzon助教は、「ひずみ誘起秩序化(strain-induced ordering)」という新しい手法で、天然由来のゲル・ハイドロゲルの可能性を拡張する。その応用範囲は、バイオエンジニアリングや再生医療にとどまらず、農業や高齢者ケアにまで及ぶものである。

天然由来ポリマーの力学特性の制御 

私の研究は、天然ポリマーからソフトマテリアルの開発を中心としています。これらの材料は固体と液体の性質を兼ね備え、特にゲルやハイドロゲルは大量の水を保持できる三次元ネットワーク構造を特徴とします。 
すでに多様な有用特性を備えた合成ゲルが開発されており、これらは天然由来材料よりも強靱ですが、生体適合性や生分解性に課題があります。対して天然ポリマーは、環境適合性に優れていますが、剛性や強靱性などの力学特性の制御は依然として困難です。これは、材料自体が本質的に柔らかく、強度が低いためです。もし、強靱さと柔軟性を兼ね備えた天然ポリマーが実現できれば、組織工学、農業、食品科学をはじめとする多くの分野において、プラスチック代替材料としての応用が期待されます。こうした背景から、私の研究は特に、天然ポリマーハイドロゲル(バイオベースハイドロゲル)に焦点を当て、天然由来材料の構造を制御して、力学特性を向上させ、両者のギャップを解消することを目指しています。 

天然ポリマーの強度を高める新たな戦略 

天然ポリマーは、自然界において固有の立体構造(コンフォメーション)をもっています。最も一般的な天然ポリマーの一つであるゼラチンは、生体組織の構成成分であるコラーゲンに由来するポリマーです。ゼラチンは水に溶解すると、ハイドロゲルへと変化します。 
コラーゲンやゼラチンは本来、三重らせん構造を形成し、それが組織化されることで生体組織を支えています。コラーゲンから抽出したゼラチンは、自由なランダムコイル状の直鎖構造をとることがありますが、温度や濃度などの条件が整うと、再び三重らせん構造へと変化します。しかし、このような固有の構造特性ゆえに、天然ポリマーのネットワーク構造を制御することは容易ではありません。同様に、カラギーナンなどの多糖類を含む天然由来ポリマーも、類似の構造変化を経てゾル‐ゲル転移を示します。この現象はデザート用のゼリーを作る際の加熱・冷却の挙動として日常でも観察できます(図)。

図.Macromolecules誌の補足表紙 カラギーナンベースのゲルの巨視的な粘弾性および
テクスチャーを制御する、κ型およびι型カラギーナン鎖が混在したネットワーク構造を描いている。 
Geonzon et al. Macromolecules 2023, 56, 21, 8676–8687,
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.macromol.3c00747  
https://pubs.acs.org/toc/mamobx/56/21 

私は最近、東京大学物性研究所での以前の指導教員とともに、合成ゲルで知られる「ひずみ誘起結晶化(または秩序化)*」を天然由来ハイドロゲルに応用し、この課題に取り組んできました。通常、材料は引き伸ばすと弱くなり、破断しやすくなります。しかし、この機構では逆に伸長時に強度と靱性が増す特徴があります。天然ハイドロゲルに対しては、化学試薬や金属イオンなどの架橋剤を用いて分子鎖を強固に結合させることで、伸長時に分子鎖が力の方向に整列し、高い強度と靭性を発現します。この手法は、多糖類由来を含む天然ハイドロゲルの力学特性向上にも有効であることを示しました。 
*: strain-induced crystallization or ordering 

幅広い分野における応用の可能性 

この技術の応用可能性は非常に広範です。例えば、ゲル状食品は、プリンのように柔らかく食べやすいものから、ビーフジャーキーのようにしっかりとした硬さと噛みごたえを持つものまで、多様に設計することが可能です。 
私の研究の重要な応用分野の一つは高齢者ケアです。高齢になると嚥下に関わる筋肉が弱くなり、飲み込みが困難になることが大きな課題となっています。食品のテクスチャーを精密に制御することで、より安全で飲み込みやすい食品の開発が可能になります。 
また、これらの材料は三次元ネットワーク構造を形成するという特性から、組織工学への応用においても有望です。例えば、柔らかい筋肉組織から腱や軟骨のような強靱な組織まで、幅広い組織特性を再現することが可能です。現在、強靱なゲルの多くは合成ポリマーから作製されていますが、これらには生体適合性や生分解性の面で制約があります。そのため、天然ポリマー由来ハイドロゲルの力学特性を制御することは、有効なアプローチであると考えています。このような背景のもと、私は多糖類に加えて、コラーゲンやゼラチンを基盤とした、高強度・高靱性ハイドロゲルの開発にも取り組んでいます(写真)。 

カラギーナンから作製した高剛性かつ高靱性のバイオベースハイドロゲルの写真
(撮影:GEONZON Lester Canque

現在、私は筑波大学の生物資源分野に所属しており、農業分野への応用にも力を入れています。プラスチックは環境に大きな負荷を与え、時間の経過とともに劣化してマイクロプラスチックとなり、深刻な環境問題を引き起こします。こうした課題に対し、天然由来ゲルから開発された材料は、プラスチックの代替として活用が期待されます。 

今後の研究における多様な展開可能性 

応用のひとつは、ハイドロゲルを土壌改良材として活用することです。ハイドロゲルは多量の水を保持できるため、土壌中で貯水槽のような役割を果たし、乾燥期における水分の放出を制御することが可能です。これにより、水資源の節約だけでなく、土壌浸食の防止にも寄与すると考えています。 
日本の農業では、黒色のプラスチックマルチが広く使用されていますが、時間の経過とともに劣化し、土壌中に長期間残るマイクロプラスチックを生じるという問題があります。私は、多糖類やハイドロゲルを用いて、水分保持や土壌被覆といったプラスチックマルチの機能を模倣しつつ、生分解性をもつ材料の開発を目指しています。 
マイクロプラスチックの問題は長年にわたり存在しており、すでにいくつかの解決策も提案されています。しかし天然材料を用い、その構造を精密に制御できる点が私の研究の強みです。これらを組み合わせることで、課題解決にアプローチし、天然ポリマーを基盤としたバイオプラスチックの開発を軸に研究を発展させていきます。

(取材日:2026年2月12日)

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